死を見つめて今を生きる

人生の終え方


皆さん こんにちは Enjoyseniorlifeサムです。
長い間 水野敬也さん著 ガネーシャと死神の内容を
引用させて頂きながら、昨秋に膵嚢胞を宣告された
自身の心境を重ね合わせながら記事を綴らせて頂きました。
一応、昨日のガネーシャの教えで 一旦区切りとさせて
頂きます。 そこで、昨年秋の健診結果から 
この書籍との出逢いを通して 私が今、感じていることについて
多少、皆さんにご紹介させて頂きます。

リンダ・グラットン アンドリュー・スコット著「LIFE SHIFT」の発行が
起因になってからでしょうか? 
世の中は、それまでの人生80年時代から100年時代と騒がれるようになり
従来の教育・仕事・引退といった3つのステージを生きるライフスタイルが
難しくなり 様々な課題が予想されてきました。例えば
 1.年金等 老後の経済への不安
     40年間働いただけで、引退後40年間の経済活動が持つのだろうか?
 2.健康、介護 への不安
     100歳迄 健康であれば良いがそれを望むのはかんり無理があり
     老いが進み 介護が必要になった時 自分は安心して老後生活が送れるのか?
  等々  様々な不安が世間では取り上げられてきました。
かくいう私も、この書籍に出逢った時には 自身のライフ設計(100年を前提とした)を
  すると共に、健康管理への意識が高まり 食事や運動、ストレス管理を基準に
  自身の習慣を見直していました。
  これらの私の行動同自体は 全く問題なく 今でも必要なことをし、良い生活習慣を
  得られた思っています。唯、片手落ちというか 大切なことを忘れていたことに
  気づかされた?(打ちのめされた?) のです。

それが、膵臓がん検診で告げられた膵嚢胞の疑いです。
膵嚢胞が出来ると 15%程度の確率で膵臓がんになること。
  ・膵臓がんは、早期発見が難しいこともあり致死率の非常に高い病気
   治療薬はなく、治療方法は、外科手術か放射線治療のみ
   外科手術は、膵臓の場所からも、非常に難易度の高い
   放射線治療は 体、他の臓器への悪影響が出る恐れが高く
     治療法として 選択される方も限られているとのこと などなど
   また、3カ月後にCT検査を実施する。その際、例え癌になっていなくても
   何時なるか 安心は出来ないので、3~6か月ごとにCT、MRIの検査を
   行う様にとの医師からの通達でした。

この出来事は、私にとってはまさに転変の霹靂でした。
毎年受診している通常の人間ドックでは 先のご紹介した様な生活習慣の成果か
頗る健康で、その施設が提供している健康偏差値という数値があるのですが
そちらも偏差値78(大学受験では京都大学法学部レベル)だttのです。
そんな数字を目にした時の私は まだ一つ上があるな 今日からそこを目標にしよう
などと ノー天気なことを考えておりました。
でも、自身の体の99%が頗る健康であったとしても、たった一つの癌細胞が
難しい場所に出来てしまったら それだけで、人生100年の設計は土台から
崩れ去るのです。

で、この一件以来 私がしたこと、考えたことは・・・
それは、大きく分けて2つだった様に思います。
ひとつは、その時(寿命を迎えた時)迄にしておかなければならないことは何か
 即ち 自分の死に方とでも言えるのでしょうか
そして、もう一つは 残された時間をどう生きるか  でした。

最初に死に方についてですが、
  まず私が最初にしたのは、妻に健診の結果を全て話したということです。
  そして、年末年始に集まるであろう 子どもたちにも伝えることでした。
  と、同時に 相続と、自分が現在仕掛かっている事業の今後について
  残される人たちが困らないようにしておくこと その為に、
  何をすべきか、何が出来るか でした。言わば、終活でしょうか?
次に、残された時間の過ごし方です。
  こちらは、正直スイッチが入りましたね(笑)
  それまで、やりたいことがあっても 「ま~ そのうちやろうか?」とか
  「環境が整ったらやろう」など先延ばしにしていた やりたいこと
  やってみたいこと 優先順位をつけてどんどん初めて行きました。
  具体的には、「空を飛ぶ」「子ども食堂」「大学再入学」「家族旅行」
  etc
  そして、これらの中で強く思ったことは
  「思い出を沢山 沢山 出来るだけ沢山 創ろう!」でした。

少し長くなってしまいましたが、この辺で少し纏めさせて頂きますと、
「人生100年時代」は確かに身近なものとなりつつあります。
私たちの周りにも100歳はまだ少なくとも90代の老人は非常に多く
いらっしゃいます。地下将来、100歳を超える方が増えるのは必然でしょう。
故に、そんな社会に今から備えておこうというのも合理性があります。
しかし、一方 忘れてはならないのが、私たちは何れその寿命を迎えるという
ことです。そして、その死は 私たち自身にいつ訪れるかは誰にも分からないのです。
ですので、100年時代の備えるのと同じくらい、こちらにも備える必要がある
ということです。 この自分の死を見つめて生きるとは、今を如何に大切に生きるか
ということに繋がるのだと思います。
今の時代を生きる私達は そんな覚悟も忘れてはいけないのではないでしょうか・
自分の人生を後悔することの無いようにするために・・

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